【静かな始まり】
まだ夜の気配が残る福岡の朝。
市場の灯りだけが、水面に白く揺れている。
大晴海の料理長・片山は、今日も一人、その光の中に立っている。
午前4時。
人もまばらな時間に動き出すのは、店の一皿が始まる場所を、彼が知っているからだ。
【魚を見るのではなく、“読む”】

箱の中、氷に埋もれた魚たち。
見た目ではわからないことのほうが多い。
身の張り、目の透明度、香り、そして「時間」。
市場では、魚は「読むもの」だ。
片山の目が止まったのは、鯛。
一見、どれも同じように見える中で、彼の指先は迷いなくタグを掴む。
その鯛は、きっと今夜、大晴海の刺身となって静かに運ばれていく。
【“味”の仕事は、仕入れで終わっている】
刺身が旨いとか、焼きがいいとか、
そういう評価の半分以上は「朝に決まっている」と片山は言う。
包丁を入れる前から勝負は始まっていて、
良い魚をどう活かすかが、料理の本質だと知っている。
“丁寧に仕入れて、雑に仕込まない”
それが、大晴海の厨房に流れる、目に見えないルール。
【運ぶ、積む、運転する。料理人の仕事は厨房の外にある】
仕入れが終わると、箱に氷を詰めて、魚を軽トラに積む。
そして自分で運転して、天神の店に戻る。
外からはわからない。
でも、その運転席に座っているのは、今日の“味”を運んでいる人だ。
料理人が仕入れをするのは、“自分で選んだ責任”を、最後まで持ち帰るためでもある。
【料理は、朝の続き】

店に戻ると、魚はすぐに下処理に入る。
余計な水分は落とし、旨味だけを閉じ込める。
使うのはその日の分だけ──冷蔵庫に眠らせておく魚は、ここにはいない。
だから、大晴海の魚は“生きている”と言われる。
そして、それを食べる人にも、なぜかそれが伝わる。
「なんでこんなにうまいんだろう」
その答えは、厨房にはなく、きっと、午前4時の市場にある。
天神 大晴海(たいせいかい)
福岡・長浜市場から毎朝仕入れる鮮魚を、刺身、焼き、煮付け、出汁で。
店の味は、厨房ではなく“仕入れ”から始まっています。